【代表コラム】フードバンクは本当に必要でしょうか?
本日は、代表によるコラムをお届けいたします。
赤い羽根テーマ募金の期間でもある今、あらためて「なぜ私たちの活動が必要なのか」を共有したく思います。
フードバンクは必要ですか?
私たちは毎日、「食べること」をあまりに当たり前のものとして受け取っています。
冷蔵庫を開ければ何かがあり、コンビニやスーパーに行けば食べ物は手に入る。
けれど、その当たり前が、ある日突然崩れてしまう人がいます。
失業、病気、離婚、災害。
理由はさまざまですが、「今日の食事が確保できない」という状況は、決して特別な誰かの話ではありません。
食べ物は足りているのに、食べられない人がいる
一方で、社会には大量の食品ロスが存在します。
まだ十分に食べられるのに、期限や規格、流通の都合で廃棄されてしまう食品。
ここに、私たちの社会の大きなねじれがあります。
食べ物は足りているのに、食べられない人がいる。
フードバンクは、このねじれに向き合う活動です。
制度の「すき間」にある現実
企業や個人から提供された食品を、必要としている人や支援団体へ届ける。
その仕組みはとてもシンプルですが、現場では確かな力を発揮しています。
とくに、生活が急変した直後や、制度の支援が届くまでの「空白の時間」に、フードバンクは食の支えとなります。
ここで、よく聞かれる疑問があります。
「本来、食のセーフティネットは福祉施策として整備されるべきではないか?」
その通りです。
食の保障は、本来、公的な福祉が中心となって担うべきものです。
ただ、現実の制度は申請が必要で、審査があり、時間がかかります。
支援が始まるまでの間、空腹は待ってくれません。
また、制度の存在を知らない人、利用に心理的な抵抗を感じる人、制度の条件から外れてしまう人もいます。
フードバンクは、こうした制度の「すき間」に手を差し伸べる存在です。
フードバンクは“代わり”ではない
大切なのは、フードバンクが福祉の代わりになるべきだ、という話ではありません。
むしろ逆です。
フードバンクが必要とされているという事実は、私たちの社会にまだ十分に行き届いていない支援があることを示しています。
フードバンクは、問題を覆い隠す存在ではなく、問題を可視化する存在でもあります。
もし食品ロスがゼロになったら
もし、食品ロスが限りなくゼロに近づいたらどうでしょう。
そのときフードバンクは、「余った食品を配る場」ではなく、「困ったときに食を届ける緊急支援の仕組み」へと姿を変えていくはずです。
形は変わっても、役割が消えるわけではありません。
私たちが選びたい社会
フードバンクを支援することは、単に食べ物を届けることではありません。
「誰も空腹のまま取り残されない社会でありたい」という意思を、具体的な行動に変えることです。
そして同時に、より良い福祉や制度を考え続ける土台を支えることでもあります。
支援の形はさまざまです。
食品の寄付、寄付金、ボランティア、情報を広めること。
どれもが、誰かの「今日」を支える力になります。
フードバンクは、理想の社会の最終形ではありません。
けれど、今この瞬間に必要な人がいる限り、確かに意味のある活動です。
その現実に目を向け、そっと手を差し伸べることが、未来を少しずつ良い方向へ動かしていくのだと思います。
このコラムシリーズ、不定期で投稿していく予定です。
また次回お楽しみに。
なお、現在実施している赤い羽根テーマ募金は損金算入の対象となります。
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誠にありがとうございます。

